尊い小さな命と向き合った子どもたち②~学校でのにわとり飼育を通して~


6月、学校で飼っていた最後のにわとり「あんこ」が亡くなりました。

箕面こどもの森学園では、歴代4羽のにわとりを飼育してきました。

その歴史と、子どもたちとスタッフが小さな命に向き合ってきた過程を記録したいと思います。

 

尊い小さな命と向き合った子どもたち①~学校でのにわとり飼育を通して~は、こちらからお読みください。

尊い小さな命と向き合った子どもたち①~学校でのにわとり飼育を通して~

 

ひとりになったあんこ

きなこが居なくなって、ひとりになったあんこ。

少し寂しそうに見えますが、子どもたちのあんこへの愛は増すばかり。

 

ひとりになってからはよく、窓から部屋の中を覗き込み、そこに佇んでいることが増えました。

スタッフも子どもたちもその姿に何度も癒されました。

煮干しが欲しい時、小屋のネットが閉まってしまって入れない時には、鳴いて人間を呼ぶんです。

かしこいですよね。

 

外とつながっている部屋の扉が開けっ放しになっていることも多々あり。

そんな時には、待ってましたといわんばかりにあんこが室内に入り込んできて、我が物顔で室内を闊歩していました。笑

「あんこーーーーーー!!!!!」

そんなあんこを見て、ちょっぴり怒りながらも嬉しそうな子どもたち。

抱きかかえて何度も外に出しました。

 

日に日に好き嫌いをはっきりと示すようにもなりました。

最初は何でも食べていたのに、いつしかキャベツは嫌いになり、

ごはんのうつわにキャベツを入れると

「また今日もキャベツか……」という表情にも見えるようになった、という人たちもいました。笑

 

そして、大好物は煮干し。

とくににぼしの頭が大好きで、持っているとジャンプして取ろうとしてくるほどです。

飛べないにわとりですが、大好物のパワーはすさまじく、すごいジャンプ力。

手元の煮干しにくぎ付け。

外でお弁当を食べている人を見かけると駆け寄ってきて、おこぼれを狙うこともよくありました。

 

夏は室内にあんこスペース。堂々と過ごしています。

 

草抜きをしていると、横でせっせと虫探し

 

 

あんこがけがをした!

そんなある日、学習時間にあんこの叫び声が聞こえました。

どうやらあんこが足を痛めたようでした。

見た目には傷などはなかったのですが、みるみる足の色も変わってきて、実行委員で話し合って病院に連れていくことにしました。

 

診てもらうと、骨にひびが入っていました。

それから2週間ほど、煮干しの頭に薬をかくして、バレないように薬をあげることに。

(バレると吐き出すのです!)

そして、あまり動き回らないように柵を設置したりもしましたが、その足でも柵を乗り越えて動き回っていたので困りました。

治りかけの時のレントゲン写真

 

あんこの足は順調に回復しましたが、ひとつ問題が。

あんこの診察代と薬代がとても高額で、にわとりの資金(あんこときなこの卵の売り上げを貯めているもの)では足りなかったのです。

 

実行委員で話し合い、ちょうどその付近で保護者の方が集まる会があったので、そこで募金を呼び掛けることになりました。

たくさんのご協力のおかげで、あっという間に募金は集まりました!たくさんのサポートに感謝です。

 

足が治ってからはいつもの元気いっぱいで日々過ごしていました。

 

にわとり当番表をつくって毎日のお世話も頑張っています。

 

にわとり実行委員は2週間に1度、お昼休みに集まり実行委員会を開いていました。

 

これまで話したことは数え切れないほどあるのですが、

・当番を忘れてしまうことについて

・カルシウム不足解決について

・ごはんのあげ方について

・新しく実行委員に入った人へのサポートについて

・当番の担当の分け方について

・募金集めについて

・にわとりの健康観察について

・外にえさを置いたら虫がわくことについて

などなど、本当にいろいろなことを話し合って決めてきました。

 

 

腹膜炎になったあんこ

きなことの突然の別れがあってから、みんなでどうやったら様子をしっかり見ることができるかを話し合い、健康観察グループというものを作って毎日あんこの様子を記録。

毎日、卵を産んでいるか、ふんの状態、様子などをチェック。

 

そして、この記録にもある2025年4月ごろからあんこが卵を産まなくなり、ふんの状態も悪いことが続きました。

 

実行委員で、

「きなこのときと同じ、卵詰まりかも。早く病院に連れて行こう。」

ということになり、すぐに連れて行きました。

しかしそこでは、卵詰まりでは無さそうということだけがわかり、様子見をすることに。

 

それからしばらく様子を見ましたが、一向に卵も産まず、ふんも悪い。

みんな毎日あんこの様子を見て心配の気持ちを募らせていました。

 

4月末ごろ、そんな様子を見て、やっぱりもう一度病院に連れて行こうということになりました。

 

レントゲン、エコー検査をしてもらうと、なんとお腹に700mlほどの水がたまっていました。

 

診断は、卵材性腹膜炎。

卵の材料がおなかに入り込み、炎症を起こしてしまっているとのことです。

 

お腹の水を抜いてもらったあんこは、楽になったようで、少し元気を取り戻しました。

 

そこから毎日、腹膜炎を治すために1日2回、薬をあげることになりました。

実行委員でも、薬はだれがやるのか、どうやってやるのかを話し合いました。

 

そこから毎日、あんこが良くなるようにと祈り、前回よりも難しい粉薬をみんなで工夫しながらあげ続けました。

ごはんに混ぜると、ちゃんと食べているかわからないから、水に溶かして直接口に入れてあげることにも挑戦しました。

 

ちょっと元気になったように見えたり、やっぱりしんどそうだったり、不安定な状態をずっと繰り返していました。

 

病院にも頻繁に連れていき、薬は1日500円。

骨折した時とは比べ物にならないほどのお金がかかっていました。

 

 

正解のない話し合いに向き合う

あんこが腹膜炎になったあと、本当にたくさんのことを話し合いました。

その中でも、特に難しかったのが

「薬をあげ続けるのか」ということ。

この話し合いをしたのは、薬をあげ始めてから3週間ほどたったころ。

あんこの様子はあまりよくなっていない。でも薬は毎日あげている。

そんな状況でした。

 

もうどうしていいかわからず、緊急で実行委員会を開きました。

私は生き物がとても好きで、あんこのことが気になって気になって仕方がなくて、どうしたらいいのだろうと自分だけで抱え込んでしまいそうになっていました。

そんなときに、

「これはあなただけのことではなく、学校で、みんなで飼っているあんこのことだから、実行委員の人たちと気持ちをしっかり共有したほうがいいと思う」

と、他のスタッフに相談した際に言われました。

考えることでいっぱいいっぱいになっていた私は、ハッとしました。

これだけみんなで話し合いをして、お世話をしてきたのに、どうして自分だけで悩んでいたんだろう。

 

そして私は、スタッフとしてではなく、あんこのことを想うひとりとして、子どもたちと気持ちを共有しあいました。

「あんこに薬をあげ続けているけど、なかなかよくなっていないなって感じてる。

治ってほしい気持ちはすごくあって、私たちにできることを最後までしてあげたいという気持ちがすごくある。

だけど、想像以上にお金がかかっていて、このまま続けるのかどうか、とっても難しい状況。

病院も遠いし、スタッフが学習を抜けないといけない状況がしばらく続いていて、それもどうなのかなとも思っている。

私もいっぱい考えすぎて、わからなくなっているんだよね。

みんなは、今どんな気持ちなのかを教えてほしいな。」

 

子どもたちもポツリポツリと話し始めます。

「薬をあげ続けたい。治ってほしいから。」

「きなこみたいに病気で死なせたくない。」

「でも、薬をあげることもストレスになってるんじゃないかな。」

「あげ続けたいし、治ってほしいけど、お金がないから現実的に難しそうな感じがする。持続可能じゃないかも。」

「薬が絶対からだにいいってわけじゃないから、よくなってないんだったらやめたほうがいいと思う。」

「これだけあげ続けてて治ってないから、薬があってないんじゃないかな。」

「これは言おうか迷ったけど、本当は、もうあんこは治らないんじゃないかとちょっと思ってる。」

「毎日しんどそうだから、楽にさせてあげたい気持ちもある。」

「みんなの話を聞いてたら、もう楽にさせてあげたいと思ってたけど、もうちょっと頑張って募金集めて薬あげ続けたいかも。」

「募金箱にもたくさんの人がお金入れてくれてるから、それだけあんこのことを想ってくれてる人が居るってことやん?だからもうちょっと頑張ってみてもいいんじゃない?」

 

こんな風に、子どもたちもたくさん迷い、葛藤していました。

もちろん、あんこが元気になってほしいと思っている気持ちはみんな同じでした。

でも、病気はそう簡単には治せないし、どれだけ願っても変えられないこともあるということも感じているようでした。

 

あんこの命のことを真剣に考える子どもたちの声に、自分ひとりだけじゃないんだ、と、とても勇気づけられました。

大切に育ててきたあんこの死というものが近づいている感覚を、そこにいる人たちは確かに感じていて、それに向きあうには本当に大きなエネルギーが必要だったと思います。

あんこのことを想い、涙を流しながら気持ちを伝える人もたくさん居ました。

 

ここに答えはなくて、ただ、私たちがこの命にどう向き合うのか、ということを考え続けるだけでした。

 

薬があと3週間分あったので、それはあげ続けることにして、また薬が無くなる前に話し合おうということになりました。

 

 

別れの日

あげ続けていた薬も無くなりそうになったころ、あんこがもう自力で立つのも難しいくらいになっていました。

 

私は実行委員の人たちを集め、あんこがもう危ないかもしれない、ということを伝えました。

子どもたちも毎日様子を見ていて、治ることは難しいかもと感じていたと思います。

 

その日は、お昼休みも、プロジェクトの時間も、放課後も、あんこのそばには人が集まっていました。

「あんこ、ありがとうね。」

最後のお別れを伝える人もいます。

「まだ生きてるねんから!あんこ、まだ死んだらあかんでー!!」

と、明るく想いを伝える人も。

あんこの身体をやさしくなでたり、ひざの上に乗せたり、あんこが好きだった場所に連れて行ってあげたりしていました。

とっても穏やかで優しい時間が流れていました。

 

 

みんなで優しい時間を過ごした次の日の朝、あんこは小屋の中で静かに亡くなっていました。

 

次々と登校してくる子どもたち。

あんこの死に驚いたり、静かに受け止めたり。

 

あんこの身体を優しくなでながら、

「いままでありがとうね。」

「天国でも元気でね。」

「もう痛くないよ。」

「大好きだよ。」

そんな風に想いを伝える子どもたち。

涙が止まらず、ただただその悲しみを全身で表現している人もいました。

 

実行委員の人たちで、あんこが大好きだったびわの木の下に埋めてあげることに。

あんこの好きなびわやかつおぶしもいっしょに埋めてあげました。

 

 

 

これまで近所の人たちもかわいがってくれていたので、お知らせをつくることに。

学校の前を通るときに「あんこー!」「きなこー!」といろいろな人が声をかけてくれていたんです。

 

お墓も、みんなの分も一緒にきれいに作り直すことにしました。

保護者の方も、あんこにお別れをしに来てくれたり、お花をお供えしてくれたりしました。

 

 

きなこの時のように突然ではなく、しっかりとみんなであんこの病気とも向き合い、自分たちに何ができるのか、どうしたいのかを一生懸命考えてきました。

そうやって、少しずつお別れも意識してきたはずだけれど、本当にこの時が来ると悲しくて、もう一度戻ってきてほしいと願ってしまうものです。

こどもの森に来て3年半でした。

 

 

人が入れ替わる学校という場所で生き物を飼うことは、最初の気持ちをどう引き継いでいくかということが難しいなという風に感じました。

実際に、生き物を飼いたいと提案してくれた中学生はもう卒業していて、最後の実行委員の大半はその時にはまだ入学していなかった人たちでした。

生き物を飼うことに対する責任も、人それぞれの受け取り方の違いがあり、うまく気持ちがかみ合わないこともあります。

でも、そんな中で命にどう向き合うのかをひたすら考えていくことが何より大切なことで、その場にいる人たちにとって大きな学びになるのだなと感じました。

それに、ただにわとりたちがそこに居るだけで、優しい気持ちになったりリラックスできた人もたくさん居ます。

私もそのうちのひとりです。

 

ごま、しお、きなこ、あんこという尊い小さな命たちが教えてくれたことは、それぞれの心の中にそれぞれのカタチで残っていると思います。

生き物の生と死にしっかりと向き合ったこの経験が、どんな風に子どもたちの心に残っていくのでしょうか。

 

こどもの森に4羽のにわとりたちが来てくれたこと、たくさんのことを教えてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

みんなありがとう。

 

(K.Y)